オープンカーはダメですよ「鳥」

 1963年   アメリカ       アルフレッド・ヒッチコック監督


実に数十年ぶりに観た。一番驚いたのはカラー放送だったこと。今までモノクロ作品と思っていた。
これを観たのは昭和中期のテレビだったためか、まだカラーテレビの普及が少ない時代だからモノクロテレビで観た記憶なのだろう。
初回のテレビ放送は1969年の金曜ロードショーということ。納得。


 この写真もモノクロイメージ増幅。



この頃は小学生低学年。怖かった。今では好みで観るホラーであるが、幽霊にはとことん苦手意識があった。
子ども心の映画のトラウマ的な作品は、これと「激突」なんですよ。まだまだ純粋な時期に、あのストーカー的な執念の嫌がらせと殺意を見せられたのは、ショック大きかったな。でも作品は面白いのは間違いない。


 激突。こんな怖いやついるんだと思って震えたよ。







怪獣世代だから、(ゴジラは1954年作品だからね。それから多くの映画作られた)生物パニックというのは、怪獣一辺倒のイメージだった。


記憶には人喰いアメーバの恐怖も印象深いが、やはりこれも不思議な生物で怪獣のひとつと認識。半魚人とかコングとかも。


そこで、この「鳥」が出てくるのだが。
身近にあるものが恐怖の対象になるというのは、子ども心からかとてもショックであった。新しい生物パニックのジャンルを切り開く、元祖的映画と呼ばれるのは納得ですね。
怪獣はほぼ架空。実際に生きてる生物ものは怖さが倍増。
ホラー映画リングのビデオテープって衝撃だったものね。ゾッとしたもの。


 合間に撮影用の鳥と遊んでたという逸話っていいよね。



生物の怖さと、恐怖に囚われる人間の恐怖も描く。かたくなに信じない人物、実際起こると人のせいにする身勝手さ、安全を求めて他人を責める人。これまたスリラーものの原点でもある。


  田舎風景の設定が鳥の多さを強調できたね。



さらにラストの終わりかたは、尻切れであるが絶望感で終わるという余韻残し。のちの時代に作られるゾンビ映画などでは、定番の終わり方であるね。


 ラジオで軍隊だすという放送は救いか諦めか。絶望だ。





鳥が飛び回る合成映像。模型の鳥で襲われるシーン。この時代にこれだけの表現は秀逸ですね。
名作です。


 ミッチ役のロッド・テイラー。大御所ですね。



ただ前半の主人公とミッチなる男性との出会いから、その家族とのやりとり、ミッチの元カノとの出会いなど、鳥が活躍するまで長くて退屈。
そのシーンが、パニックとの関連や意図する意味があるのかどうかはわからない。あるのならわかりづらい。この時代の脚本の特徴かも。
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コメント

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毎度です。

私の記事でも書いたのですが、午前十時の映画祭で再見したとき、アタマにヒッチコック自らがこの作品の見どころを解説した公開当時の特報が上映された。「人間は他の動物たちと共存するには進化しすぎた」と。
そうして観ると、私は人間側の恋愛ドラマ部分も大変面白かった。なぜなら、あまりにも唐突に鳥たちがすべてを破壊する為のドラマやからなんですよね!
ムービーさんが退屈だと感じたドラマの世界は、鳥たちにだって当然ある。自然界に理不尽な迫害をもたらしているのは人間のエゴだと警鐘を鳴らしているんですよね・・・ヒッチコックは。冒頭の鳥かごを見る人間が、クライマックスで電話ボックスの中から鳥の襲撃を見る逆転の構図が見事やったですね。

ゾンビマンさん

ありがとうございます。教えてほしかったんですよ前半の意図。
共存の違和感。襲撃という形で動物の理不尽さを表したのですね。進化を破壊する行動が迫害の警告を促しているんですね。勉強になりました。
 鳥かごと電話ボックス。これまた凄い対比の恐怖シーンだったんですね。これを感じないなんて。
 
 まだまだ勉強がたらん!です私(^^)